身体

〇〇の資格を取った

〇〇の資格を取った

 

時間は大切

 

11月頭ぐらいに資格を獲得するために試験を受けた。

無事合格し、資格証明書も郵送された。

届いたのは二週間ぐらい前になると思う。

今まで資格というものに挑戦したことがなかった。

それは取りたい資格がなかったから。

今回取った資格も取りたいということでは決してなかった。

でもどんなものなのかには興味が少しあったし

裏側を覗くためにも挑戦してみた。

 

今回取得した資格は整体

整体である必要は別になかったけども

ざっとみた中で一番興味があったのがこれだった。

どこかに通ったりするのではなく

スマホやパソコンがあれば勉強ができたので

かなりインスタントなものだなって感じだった。

 

久々に勉強をした笑

身体のことだから自分のためになることしかない。

ただ、楽しい事ばかりでもなかったから短期集中で頑張った。

絶対一日1時間は勉強すると決めていた。

蓋を開けると1時間以上はしていることが多かった。

 

時間がないというのを理由にはしたくなかったから。

時間は作るもの。

1日の中で1秒も無駄にせず生きている人がどれぐらいいるだろう

時間がないと言っている人は本当に時間がないのだろうか

何かを削って何かの時間にあてる。

こういうのもクリエイティブと言えると思う。

 

1日をどう使うのかを考えるのもすごく大切。

歳をとる度にそう感じることが強くなっている。

人のために使う時間も少なくない。

もちろんその時間も大切だと思うけども

出来れば自分のために使いたいというのが本音かも…

 

何かの分野で時間を多く注げた人が結局強い。

自分はダンスを軸に生きているわけだけど

そこに費やしてきた時間が長くあるから

今の自分がいると思う。

僕ぐらいのレベルだったら誰でもなれるという

無責任なことは言えないけども

時間をしっかり注ぐことができたら

これぐらいなら十分なれる。

 

 

身体のことを学びたい

 

整体の資格をとるために学んでいると

当然色んな学びがあるわけで

またこれをきっかけに始めるものができたりもする。

僕は腰と膝が良くない。

だから色々学んで自分を実験台にして

試して試して

成果が得られたら他の人にも共有したい

そう思っている。

 

資格があると先が少し見えてくるという実感。

それはもっと学ばないと話にならないということ。

資格があると開業できたりもする。

そんな予定は一切ないけどもできてしまう事に

怖さを感じた。

 

 

結果だけが全てじゃないという言葉

 

資格ってあくまで形のものだと痛感している。

でもこれがあるのとないのとでは当然与える印象や影響が違う。

その人がどういうステータスで

どういう経歴を持っているか

そこだけでしか見ていない人は決して少なくない。

 

ダンスでも同じ。

優勝がすごい。

1番がすごい。

素晴らしいことではあるんだけども

そこに虚しさを感じたりする。

 

僕の生徒さんが勝負事で何か結果を手にした時

すごくうれしい!

じゃあその喜びはどの要素から来ているのか!?

と考えた時

決して優勝したことだけを喜んでいるわけではない。

むしろ優勝自体にはそこまでフォーカスが当たってない。

優勝に値するダンスが踊れるだけの力が育まれたこと

ダンスの技術や心の持ち方、考え方。

色んなものが備わっていないと

見ている人には届かない。

そういう部分での喜びが

うれしさにつながっている。

 

結果が欲しいというのは感情として

ものすごく理解できるし共感もできる。

だから当本人はそれでいい。

周りにいる人がちゃんと本質を理解し

見守ってあげられていたらベスト。

 

結果だけが全てじゃないという言葉。

極力使わない。

最もなことではあるけども

だからこそ

言わないようにしている。

届けたいと思った人ほど届かないと分かっているし

なぜ届かないかも分かるから。

 

 

これから

 

資格を取ったことが後押しになり

身体のことをもう少し追求したい。

ダンスとの比重が悩みどころではある。

時間の使い方が本当に大切だと痛感している。

 

 

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