ダンス

何でダンスをしに行っているのにダンスをしなかったんだろう

何でダンスをしに行っているのにダンスをしなかったんだろう

【後悔】

 

 

僕の専門学生時代。
ダンス専攻だった。

 

 

ダンスを本気で勉強するため
田舎の街から大阪に出た。

 

 

きっかけは本当に衝動に過ぎなかった。
「ダンスがしたい」それだけだった。

 

 

本当にダンス漬けの毎日だった。
一日2,3レッスン受講して、
そして
終わってから習ったことを
自分に落とし込むため、
またさらに踊る。

 

 

そんな毎日。

 

 

ひたすら一年間休むことなく
これを続けた。
(当然だとは思う…)

 

 

専門生活2年目になると
ダンスのことをまだ何も分かってないにもかかわらず、
生意気なことに授業を選び始めていた。

 

「このレッスンは自分には合わないなぁ」
「このレッスンはしんどいなぁ」
「少し遅れても大丈夫だろう」
「今日は休もうかぁ」

 

 

好き嫌いの自我が芽生えて
行かない理由を探して
本当に行かない日も何度かあった。

 

 

今思うと痛々しい。
色んな意味で分かってない。

 

 

今、指導する側にいるからその目線
から見てもダメ。

 

プレイヤーでいる目線から見てもダメ。

 

子供のために大金を払い、希望した道を
作ってくれた親には本当に申し訳ないです。

 

 

参考記事  見ている先にあるもの

 

 

だからこそ簡単にダンスを辞めるとか
放棄するという発想にはならないし、
する必要もない。

 

 

振り返るとこの専門生活2年間、
紛れもなく自分の人生において
密な時間だったんだなぁと
今だから思える。

 

 

あれだけ濃い時間を過ごす事は
学生を卒業するとなかなか味わえない。

 

 

大学生にしても専門学生にしても、
教えてもらう先生というのは
その道の最高級の一流の人達ばかり。

 

 

その人たちがどんどんくれる技術やノウハウ。
もらえるだけもらって、自分のものにしていく
のかどうかは自分次第。

 

 

しんどいと思って諦めて断念するのか
しんどいながらも、活路を見出して
自分のものにしていくのか

 

 

同じ二年間でもかなりの差ができると思う。

 

高校の時の部活の監督にこんな感じのニュアンスの言葉を言われた

 

今の気持ちを大事にするのか
しんどい先にある気持ち、状態を大事にするのか

 

長期的に見たら間違いなく後者だと思う。

 

でも自分は楽な方を選択し、
自分の欲望のまま、
レッスンに行かない日もあった。

 

 

いっぱい吸収して自分のものにしてくださいね
と言ってくれているのが学校なわけだけども、
なぜそれを受け取ろうとしないのか

 

 

受け取る自分の器量が小さいから
一個一個がどれだけ凄いものかが
分からない。

 

 

それを養うのは経験しかないと思う。

 

 

参考記事  嫌いが好きになることってありますか

 

 

どれだけ吸収できるかは本当に自分次第。
経験が浅いうちは身につけれるだけ身につけたらいい。
いらないものは後で捨てればいい。

 

 

要るもの要らないものも
自然と見分けれるようになる。

 

 

だから無駄にしないように濃密な時間にして欲しい。

 

 

「何であの時行動に移せなかったんだろう」と
僕はやらなかった時に、後悔をしてきた。
後悔ってやらなかった時に出てくる。

 

 

幾つもそれを経験してきた。

 

 

何が良いのかわからないときは
分かるようになるためにやるしかないなぁ。

 

 

結局辿り着くところはやるということ。
動くということ。
だいたいいつも本質は同じ。

 

 

一個ずつ刻んでやっていこう。

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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