概念

人の踊りを見ながら自分を見ている

人の踊りを見ながら自分を見ている

【ダンス観】

 

生徒さんの中に小学3.4年生で
構成されているチームがあって、
見させてもらう機会があった。

 

まず自分たちで全て作品を創って
いることに感心した。
ほんまにすごいなって心で呟いた。

 

さらにダメ押しで喰らったのが
それぞれの改善点を紙に書きとめ、
プリントアウトして話し合っていた。

 

なかなか出来ることではない。
そもそもその発想にならないと思う。
意識高い系だった。

 

親御さんも協力的で素晴らしい。
どちらも純粋で健気な姿勢が
微笑ましかった。

 

踊りも見させてもらった。
ここでも喰らっちゃうと
それはそれでショッキング
だったかもしれない。

 

まだまだ仕上がってはいなかったけど
まだまだ良くなりそうだった。

 

見ながら「おっ」「今のいいっ」「その感じ分かる」
「ちょっともったいないかなぁ」など

 

そんな風に見ながら感じていた。
自分の中で良い反応っていうのは
共感できているところだと思う
自分のダンス観に合致した部分。

もしくは
思いもよらない何かがあったりする事も。

 

やりたい事がわからないっていう人は
自分が見ていて良いと感じた踊りを
やってみたら良いのではないだろうか

どう感じたのかを自分で見れるように
なるとすごく助けになると思う。

 

参考  本当にやりたいことを見つけ進むために必要なこと

 

自分が良くも悪くも反応している所が
けっこうハートの部分であることに
気づかされる。

 

ダンススキルの中のテクニックの
細やかな拘り等は残念ながら
わかってあげれていないかもしれない。

 

細部の部分は
やっぱり体験しないと本当の良さ
って分からないと思う。
自分の実体験としてある。

 

感情を体で、踊りで表現する
のもスキルだと思っていて、
これが大事なのかなと感じさせられた。

 

少し無機質に感じると、見ていて
距離を感じてしまう。
それが狙いという事でもなさそうだった。

でもこれからとても楽しみ。
親御さんと同じくらい応援している。

 

何かを感じるときはいいんだけど
何も感じないときが一番恐い。
アンテナが反応しない。
鈍感なアンテナ。

 

評価を求められるのは非常に困難。
受け取れる器が大きくないと
取りこぼしが多くなる。

 

かといって細部にまで注力して
分かってあげれていないから
困ったもの。

 

バランスが取れない。
取る必要はないのかもしれないけど
考えてしまったりする。

 

見たときに自分のダンス観が
表出してくる。

 

見る責任っていうのは
やる責任よりずっと重い。

 

審査員の立場、挑戦する立場
どちらも経験していると
どちらにも生かすことはできる。

 

ただ審査員は性に合わない。
やるとより分かる。

 

prayerでいたいと。

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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