表現

料理からの気づき

料理からの気づき

【残念な自分の本質】

 

 

 

個人的な話になるけども
自分は今実家に住ませてもらっている。

 

 

数ヶ月間、母が家を空けることになった。
家のことは全てやってくれていた。

 

 

だから全てを残りの家族で分担することになる。

 

 

自分は料理を担当することになった。
一人暮らしが長かったため、その当時からも
料理することは全然苦ではなかった。

 

 

でも、一人分を作るのと家族分作るのとでは
要領が全然違ったり、自分だけ良ければいいという
事にはならないから、そこに苦労があった。

 

 

母の料理を食べる時にも感じてはいたけども
料理ってその人のメンタリティー(精神性)が出る。

 

 

作るとなるとまず「美味い」と言ってもらいたい。
言わなくても全部食べてくれるかで判断していた。

 

 

家族の人間は当然情けのようなものはなく、
不味かったり、いらなかったら残す。
わかりやすくて良いんだけど、
精神的なダメージは喰らう(笑)

 

 

何がいけなかったんだろう
何か嫌いなものが入っていたのか
味付けが嫌いだったのか
味が濃かったのか
味が薄かったのか
見た目の問題なのか

 

 

いちいち家族の好き嫌いを把握している
わけではないからあれこれ要因が出てくる。
(というか直接聞けよって感じだけども…)

 

 

メニューを豊富に作れるわけではないから
簡単なものを作っていく中で、
何となくこれは好きだなとか
これは嫌いだなとかが見えてくる。

 

 

そして
作っている中で色々感じることがあった。
一番の気づきは自分のいい加減な所を
垣間見たということ。

 

 

油を入れすぎてしまってもそのまま調理続行。
味が淡白だったため、調味料を入れると、
味は良いけど、入れすぎなレベルになってしまった。
等といった問題が起きた。

 

 

内容がどうのこうのと言いたいのではなく
食べる人が分からなかったらいいやみたいな
「まぁいっか精神」があったことが残念な気づきだった。

 

 

これっていうのは
自分に対して開き直る要素として
役立つことはあるけども
今回の場合は非常にまずい。

 

 

繊細さはある方だと自覚していたけども
そうでもないなっていうのが正直な気持ち。

 

 

本質が見えた瞬間だった。
記憶を辿ると料理に限らずそういう瞬間は
あるのだと思う。

 

 

料理で言うと
焼き具合や炊き具合、煮具合など
少しの手間や変化で味は変わる。
素人の自分でも分かることはある。

 

 

ただただ焼いて味付けしたらオッケイみたいな
スタンスの料理人はいないだろうけど、
もしいたとすると、

 

そういう精神性だと人付き合いの場面や
その他の場面に置いても
雑な部分が出てくる気がする。

 

 

そういうものだと思う。
結局全てつながっている。
料理も自分を表現するツールにすぎない。

 

 

まだまだ人間的に改善する余地がたくさんある。

 

 

自分だけの分を作るのがいかに楽か
そして当たり前のようにいつも
何も言わず作ってくれる親には感謝。

 

 

参考記事  親に感謝するとはこういうこと

 

 

学びになる要素はそこら中に転がっている。
内観を大事に敏感に感じていこう。

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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