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100記事目を節目にブログを始めて感じたこと

100記事目を節目にブログを始めて感じたこと

【変化を恐れない】

 

 

 

自分がやっていない事。
やってこなかった事をやろうと思った。

 

 

 

何でもよかった。
でもやるなら残せるものにしたかった。

 

 

 

ブログという選択は自分の気質的には
厳しい印象だった。

 

 

 

どっちかというと否定的というか興味がなかったし、
気持ち的に負荷がハンパないと感じていたから。

 

 

 

だからこそやってみてどう感じるのかを知りたかった。

 

 

 

やってみて改めて感じさせられるのが
言葉にする難しさ。

 

 

 

言いたいことが形になっているだろうか
勘違いを導く文脈になっていないだろうか
そもそも言葉に詰まる。
手が止まっている時間が長い。

 

 

 

自分的にどうしても言葉の壁が大きい。

 

 

 

言葉が出てこない。
文字を起こしたのはいいけど、やっぱ違うなぁの連続で前に進まない。

 

 

 

開始早々、やっぱ無理かもって思った。

 

 

 

そもそも1記事目の最初の一文字を
書き記すまでにも苦悩の連続だった。

 

 

 

公式サイトなんてものは何をどうしたら
出来るのかさえ無知だった訳だから。

 

 

 

スタートラインに立てるまでが大変だった。
にもかかわらず即効ブログを放棄しようとした。
目的意識が明確じゃなかったのが理由の一つ。

 

 

 

とりあえず三ヶ月は書き続けようと決意した。
方向性はやっていく内にと言った感じで。

 

 

 

一つだけあったのが自分本位で書き記していくこと。

 

 

 

当たり前だけど芸能人ではないから、
日々の日常を公開した所で何の価値もないし、
ハズいしサブい。
やろうとも思っていない(笑)

 

 

 

誰かのためにやるという事ではなく、自分のためだった。

 

 

 

結果的に誰かのためになっていればいいけど、
自分に価値などない事は百も承知。

 

 

 

だから色んな事を今までよりも
少しオープンにできる媒体(居場所)をつくって、
自分の価値を高めたかった。

 

 

 

日頃から何か吐き出さないといけないぐらいの
熱を持って話すことは特にない。

 

 

 

だから内容には困った。
何かを見たり、人の意見を聞いていたりして、
昔の記憶や経験、感じていた事と結びつけたり、

 

 

 

現在の自分が感じる視点から意見してみたり、
単純に感動したことからの気づきを書いてみたり。

 

 

 

だいたい言っていることは同じ様なこと。

 

 

 

ゴールが同じでも、向かっていくプロセスに違いが
あるからそこに意味を持たせることができれば良いと
思っていたし、今も思っている。

 

 

 

書くのには時間がかかる。
1日がさらに早く感じた。

 

 

 

苦しい時もあった。
何も書く事がなくて絞り出すような状態もしばしば。
ここに成長があると自分に言い聞かせながら闘っていた。

 

 

 

今まで使っていなかった脳のどこかを
ツンツン刺激している。

 

 

 

本当に使っていなかったんだと思う。
でもダンスでルーティーンに行き詰まった感じと
似ているような心境になることはあった。

 

 

 

質は大事だけど量も意識していた。
毎日やり続けること。
最初はとにかくやるしかない。

 

 

 

初めから自分のペースでやっていたら
今の状況ではなかっただろうし、
あだ疎かにしていたと思う。

 

 

 

毎日となるとどうしても内容が
希薄なものになり兼ねない。

 

 

 

そこは考えながら、でも自分の中で
意味のないと感じるようなものは一つもない。

 

 

 

これらはみな自分から出た作品だと認識している。
一日一個作り続けた。
積み重ねた。

 

 

 

昨日の自分より今日の自分が優っている。
実感はしにくいけどそう噛み締めていた。

 

 

 

筋トレのように目に見えるほどの変化は
まだないけども、少しの変化はある。

 

 

 

文章にするスピードとかは
全然変わってない。

 

 

 

スピードで言うと
タイピングは少し速くなった(笑)

 

 

 

ポンポン湧いて出てくるような
感覚は一つも感じれないけど、
書き記すことでの気づきはけっこうあった。

 

 

 

自分に迷いがあるとそれが言葉にも
出るとすごく実感した。

 

 

 

言い切るような言葉は使わず
何となく濁しにかかる自分。
客観視することの重要性を感じた。

 

 

 

言いたいと思うような事があっても
それが今言葉にするだけの情熱があるかと
言ったらそうではないから待ってみたりして、

 

タイムリーにその時感じた事とリンクしたら
すごく書きやすかった体験もある。

 

 

 

自分にちゃんと落とし込めないと
言葉にならないし、当然文章にならないし、
温度が伝わらない。

 

 

 

体験ベースで話せることが
抽象的にならない唯一の方法だと思った。

 

 

 

どの言葉を使うのか
言葉と言葉の組み合わせ方
どの言葉で接続していくのか
語尾はどうするのか

 

 

 

ダンスに似ている気がする。

 

 

 

文章にもすごく違いや個性が出るものだ
と感じた。

 

 

 

ブログをするようになって
人の文章の見方も変わったりして、
気づきも増えたと思う。

 

 

 

文字の奥には必ず人がいるわけで
無意識にその人を想像するだろうし、
実際自分にも言えることで、

 

パソコンの向こう側にはあなたがいるわけで
自分本位でと言いながらも見られることは
存分に意識している。

 

 

 

記事にする時、誰かに向けて、誰かを想像して
書く事がある。
言葉に力が入るし、熱も入る。

 

 

 

勝手に盛り上がっている。
以前の記事を見ると温度差を感じたりすると思う。

 

 

 

以前に言っていたことが恥ずかしいと思える
ようになったらそれは変化だし成長と捉えていいと思う。

 

 

 

ダンスでも同じ事が言えると感じていて
やっぱり昔の自分は目をつむりたくなる程のレベルで
見るに堪えない。

 

 

 

変化していくことが自然の摂理。
変わらないことの方がむしろ危険。

 

 

 

言葉だけにならないように
今を連続して生き続けるしか他ない。

 

 

 

生きることってずっとプロセス(過程)なんだなと
最近思うようになった。

 

 

 

人間性、精神性、価値など
自分の高まっていく感じを、
自分で自分を育んでいる感じを、
楽しみながら生きていきたい。

 

 

 

 

 

P.S
いつもご覧いただきありがとうございます。
投稿する頻度は今までのペースよりも落ちるかと思います。
あなたが見て下さっている事が自分の活力になっていたのは
事実です。
本当にありがとうございます。
ペースが変わるだけなので投稿はもちろん続けます。
また覗きに来てやってください。

 

今やるべきことに注力したいと思います。

 

 

 

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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