表現

冷静に考えると僕は気狂い

冷静に考えると僕は気狂い

【気が狂っていないと出来ないこと】

 

 

 

小さい頃からテレビを見て育った。
物心ついた時からすでにテレビがあった。
だから自分の成長する過程でテレビの影響は
すごく大きいものになっている。

 

 

タレントやお笑い芸人、様々なアーティスト
テレビに映る人たちっていうのは
常軌を逸している。
普通ではない。

 

 

普通っていう言葉の定義もあいまいだけど、
テレビに出ている人っていうのは
自分というものを演じたり、素性を明かしたり
それをテレビの前の何千万人にさらけ出している。

 

 

進んでやっていない場合ももちろんあるだろうけど、
でもテレビに出るというモチベーションそのものが
普通ではない気がする。

 

 

それはテレビに出ていない人の方が
大多数だから。

 

 

歌手の方なんかは自分の言葉で
自分のコンプレックスを題材に歌ったり、
恋について、愛についてあーだこーだ
オープンに歌っている。

 

 

自分の声を聴いて欲しい。
自分の言葉を届けたい。
自分の事を知ってほしい。

 

 

声高らかに歌っている。
これってなかなか出来ることじゃない。
多くの人は羞恥心で包まれているし
そもそもやろうと思わない人もいる。

 

 

小さい頃からそんな光景をテレビで
当たり前に見てきた。
不思議な感じもしないし、
そこに当然疑問なんてない。
考えもしない。

 

 

人前で表現し披露する。
気狂い(きちがい)じゃないと出来ない。
無理だと思う。

 

 

でも今そこに目を向けると
必ず意味があるということ
誰かにとって値打ちがあること

 

 

やりたくてもやれない人がいる。
なりたくてもなれない人がいる。

 

 

みんながみんな出来ることじゃないから
そこに価値がある。

 

 

今は自分にも理解できる。
規模は違うけども、自分もダンスをしている事から
人前で何かを起こす。

 

 

歌手の武器である声と言葉ではないところで
自分もまた表現している。

 

 

一方では今こうやって文字に起こしたりもしていて、
自分の思いの丈を綴っている。

 

 

こんなことをするタイプではなかった。
最も苦手としていた。
弱みを直視して、そんなことまでも
オープンにする。
(全てではないけども…)

 

 

冷静に考えると自分も気狂いだと感じた。

 

 

でもそうする必要があったし
そこに意味があった。

 

 

間違っていないと今思っているし
これからだってそう。

 

 

誰のためでもない。
このブログに価値などないし、
求めてもいない。

 

 

参考記事  人に何かを伝えるために必要なこと

 

 

でもちゃんと意味はある。
やることが大事だと思っている。

 

 

冷静と興奮を行ったり来たり。
その様を勝手にやって勝手に届ける。

 

 

踊りを通して
自分の存在意義を確認したい。
充足感を感じたい。
真理を求めてやっている。

 

 

終わりはなさそう。
だから続くだろうし、続けれる。

 

 

パソコンが普及して
インターネットがどんどん加速して
youtuberと言われる人達が、職業が
存在し始めた。

 

 

個人であっても何かを表現し、発信することは
容易になった。

 

 

だからと言ってやろうとする人は少ないだろうし、
youtuberが良いとか悪いとかそんなことではなく、
単純に多くの人に向けて発信しやすくなった。

 

 

誰にだって可能性があるわけだから
日々悶々としているならネットに問わず
何か一歩踏み出せると
自分の見る景色が変わっていくと思う。

 

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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