概念

努力をしていなくても得たい結果を手にする人はいる

努力をしていなくても得たい結果を手にする人はいる

【自分を認め相手も認める】

 

 

自分自身の考え方には常に
変化がある。

 

 

一か月前に言っていたことと
違う事を言っていることもあるはず。

 

 

何か経験が自分の中に入ると
心の持ち方や考え方が変わったりする。

 

 

これは強化されていく感じ。
だから昔の価値観が失われるということではない。

 

 

手持ちのカードが増えていく感覚。
時と場合により使うカードを変えていく。

 

 

自分の考え方とは真逆の人って絶対いる。
完全に違いすぎて理解できないというような
人とはまだ出会ってはいない。

 

 

でもそういう価値観の違いすぎる人と
会ってみたい。

 

 

おもしろそう。
イラっとすることもあるだろうけど。

 

 

参考記事  絵本からの学び

 

 

そういう考え方の違いという言う意味で
何かの分野で成果を上げている人って
みんな陰で血の滲むような努力をしていると
僕は認識している所がある。

 

 

努力の定義も様々だろうけど、
得たい結果に対して、

 

・長い間時間をかけて取り組む
・汗水たらして精一杯労力を使う
・真面目にコツコツやる

 

というのを努力と定義するとしたら、

 

そこまで努力をしたと感じていない人でも
しっかり成果を上げている人はいるんだろう
と思う。

 

 

僕は天才でも特別な才能があったわけでもないから
何をするにもがんばる必要があったし、今でもそう。

 

 

そんな人間からすると
成功者と言われる人が、実はすごく苦労をして
何度もくじけそうになりながらも、それでも
諦めず踏ん張ってやってきたから今があるんだよ

 

 

と言われると僕は心が安らぎ癒される。

 

 

才能ある人でもそこまでがんばってやってきた
過程があるんだなと思えるから。

 

 

でも逆に言うとそう思わないとやってられない
と思う本質がある事に気づかされた。

 

 

これだけがんばっているのに何も結果が出ない。
一方で
そこまでがんばっていないけど結果を手にする。

 

こういう事ってあると思う。

 

一般人からすると成功者に対して、
努力していると思いたい。
苦労していると思いたい。

 

 

そう思うのは
自分と共感できる所があると
安心するからだと思う。

 

 

「こんなすごい人でも弱みってあるんだぁ」みたいな
共感があると親近感も感じれて心が落ち着く。

 

 

参考記事  前向きな言葉が時々苦しい

 

 

みんな平等であると思いたい。
フェアな精神が備わっている。

 

 

でも苦労をせずやってのけてしまう人も存在
するだろうから、自分を受け入れることが大事だと思う。

 

 

才能ある人を認める。
自分は才能がそこまでないと認める。
だからこそがんばる理由ができる。

 

 

才能なんてものはほんの少しだけ感じれたら
続けるのには十分。
才能がある人しかやってはいけないのなら、
どれだけの人が断念しないといけないだろう。

 

 

やってみて全く何も可能性を自分で感じることが
できなかったら、続けるのはすごくしんどいだろうし、
その時は諦める選択肢も持てたほうが良い。

 

 

少しでも可能性を感じれて、そこに情熱を注げる
なら、とことんやればいい。

 

 

いつも自分の中に答えがあると思う。

 

 

参考記事  やりたいことをやろうという言葉に負けないように

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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