概念

アドリブってどこが面白いのだろうか

アドリブってどこが面白いのだろうか

【予定調和がない】

 

 

 

普段、誰かと会話するときに
この話をして、次にこの話をして
というような台本じみたことなどしないと思う。

 

 

あらすじにそって話すことはないし
最後の話の着地点だって決めない。

 

 

何気なしに展開されていくものだし
目的をもっているわけではないから。

 

 

もちろんこの逆で
何か目的を持つことできっちり
お題を決めてその内容を
順々に展開していくような
場合もあると思う。

 

 

アドリブにも幅があって

 

・全く何もないところから始まって
着地点も決めずそれも手探りで成り行きに任せる。

・こういうことを伝えたいという着地点
だけ決めてそこに向かっていく過程を展開していく。

・あらすじを決めて結果的にその答え(着地点)
は何なのかはその場の空気感で定めていく。

 

様々な切り口があると思う。
基本的には即興だから同じものにはなり用がない。

 

 

会話するってことは二人以上ですることだから
一人で一方的に誰かに向かって話す事との違いは大きい。

 

 

例えば
今自分はパソコンに向かって一人で
文字を起こしている。

 

 

パソコンの向こう側のあなたに向かって
話している。

 

 

これについては何となく言いたいことを決めて
あっちやこっちに行きながら見えないゴールを目指している。

 

 

このアドリブ感もけっこう楽しかったりする。
行き詰まることが多々あるし、言いたかった事は
こんなことじゃなかったなぁみたいな
一人でのやりとりが展開されている。

 

 

一人だから自分だけの中で出来上がったものが
外に出ていく感じ。

 

 

これが二人だとまた全然違った形になる。
ラジオのフリートークを聞いていて感じたんだけど、

 

何が面白いって一人の意見に対して、もう一人が
また違った角度から意見をしてっていうやりとり
はもちろん面白く、

 

言葉一つ一つにも認識や定義が違うから
「優しい」という言葉にしても
人それぞれに若干ズレが生じる。

 

 

それに対して理解しようと歩み寄る感じや
逆に同調しない感じがあったり。

 

 

後は常にテンポよくリズムよく行けるわけでは
ないから、少し間延びする感じが面白い。

 

 

詰め込みきれないから沈黙があって、この間に
少し緊張感があったりして、勝手に二人の感情を
僕が感じ取ろうとしていた。

 

 

それが合っているかどうかはどうでもよく
リスナーとの無言のやりとりが出来ていて
いいなと思った。

 

 

大前提に話している内容がおもしろいし
声だけしか聞いていないから
いろんなやりとりに目や耳を傾けれる。

 

 

形のないものが出来ていく様を感じれるし
真理に向かっている感じが面白い。

 

 

言葉のボキャブラリーが豊富で
造詣の深さを感じるしすごく刺激を受ける。

 

 

自分が踊りで表現するときもこうありたいと
感じた。

 

 

アドリブはどうにでもなってしまう所に
難しさがある。

 

 

捉え方によってはすごく簡単なものとして
扱うことも出来てしまう。
でもクオリティーは低いものになると思う。

 

 

掛け合いの中でしか生まれないものがある。
対話を聴いていると一つのキーワードに対して
自分の記憶が反応して、何か昔の体験談が
掘り起こされたりする。

 

 

引き出し合う感じが二人だと出来る。
踊りだってそうありたい。
そういう瞬間を身を持って経験しているけど
もっと出来るだろうと思う。

 

 

自分の身体にもっと蓄積させて
反応できるものを増やしたい。

 

 

身体を磨かないといけない。
そうすることで感覚系が養われる。
感性も磨かれる。

 

 

今回はこんな感じでゴールしようと思う。

 

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いつも個人的な話になりすぎて
どうなんだろうと思ったりする。

 

 

とりあえずまぁ良しとしよう。

 

 

 

ご覧頂きありがとうございました。

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